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軽やかに宙を舞う達磨たちは校舎の谷間を超えて次々と飛来し、ばらばらと降り注いだ。二つの達磨が、パンツ総番長と紀子さんの頭に当たり、ぼうんと跳ねた。
正直なところ、私は涙ぐんだ。あまりに美しく、あまりに羨ましかったからである。
「なんてこった!」
パンツ総番長は呻いた。
「御都合主義もいいとこだ!」

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森見登美彦さんは初めて読む作家さんです。
巧みな文章ながら若々しさがあるな、と思って調べてみたら30歳くらいなんですね。なるほど。
本作はなんというか、可愛らしい恋愛小説です。

あらすじとしては、「黒髪の乙女」にひそかに想いをよせる主人公である「先輩」とその相手である彼女の視点が交互に入れ替わり、話が進んでいく流れです。
「先輩」が彼女に命がけでアプローチしていくというコミカル調な話ですね。

コミカルだなあ、コミカルだなあ、と思いながら読み進んでいき、最後にあとがきを見た時に絶句しました。
そこには羽海野チカさんの絵が・・・!
コミカルもいいし、ハチクロも好きですが、最近のこういうコラボレーションのようなものはあまり好きではありません・・・。なんだかちょっと最後の最後でがっかりさせられて感じです。笑

それはさておき、何とも巧みというか流暢というか、日本語が上手な文章でした。
僕自身あまり日本語が得意じゃないので、こういうのを見ると「何さ!」と思ってしまうのですが、やはり上手い方が読みやすくていいですね。笑
ただ、結構カッコいいナルシストの人を見た時のような気分といいましょうか、やはり「何さ!」と思ってしまうものです。

文章もいいし、全体の構成も文句なしという感想ですが、その分やっぱり内容に目がついてしまいますね。
コミック感覚で読める文学という感じでいいにはいいのでしょうが。
あと、話の盛り上げかたですね。

無理やり盛り上げているというか、一つの意思に収束するように都合良く描かれているために現実感がないというか、早い話がちょっと嘘くさいっていうことですね。
まあわざとらしいドタバタコメディということでいいんでしょうかね?

とりあえず読みやすく、本題も可愛らしく好感を持てたので、楽しく読ませていただきました。
機会があったら、他の作品も手にしてみたいと思います。
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久しぶりに村上龍さんの本を読みました。
以前から存在は知っていたけれど、文庫本の後ろの文章を読んで、なんとも合わなそうな感じだったので敬遠してきました。
もともと青春系が苦手だったのと、何だか時事的な政治もののように思えたものですが、読んでみると結構爽やかな青春ものでしたね。笑

物語というより、村上龍さんの高校生時代の自伝に近い感じですかね?
青春時代を全力で楽しもうとする感覚がとても共感できるものでした。

以下にあらすじ。
両親とも教師をやっている主人公の健介。成績優秀であるが、遅刻早退や問題ごとを起こすなど、さまざまな部分で素行不良なので教師たちから目をつけられている。
健介の友達の炭鉱町出身で容姿端麗のアダマや、バンド仲間の岩瀬などがいる。

アダマとつるんで、学校をバリケード封鎖したり、学生だけでの大きなイベントを主催するなどがこの話の本筋です。
ハッタリだけで生きている健介とそれを冷静にみているアダマの描写が村上龍さんの作品にしては珍しくコミカルに描かれていて、そういう部分も中々新鮮で面白く読めました。

青春の醍醐味というのは、「あり余るエネルギーの発散」というところですかね。
あとがきにもあるように、『楽しんで生きないのは、罪なことだ』というのがテーマに思えます。

本を読んで、「共感」という言葉はなるべく使わないようにしているんですが、この作品は読んでいる最中、共感できる部分が沢山ありました。
(共感という言葉を使うことは、イコール考えることを放棄するというものに繋がると考えています。批評する時に一番楽なのは、全くその通りだ!と言うのと全く駄目だ!という二択だと考えるからです。)

現代社会では「我慢」というものが徳とされているのでしょうか。
実際に全力で楽しんで生きているという人を見ることはあまりありません。

そういう自分が全力で楽しんでいるかと考えると、言葉につまるところはありますが、それでも可能な限りは楽しんでいるように思えます。
しかし、社会は可能な部分も見ようとしないで、自ら楽しむことを放棄しているように思えます。

それは楽だから、と考えるのが妥当かなとも思います。
楽だからという理由で我慢を選んでいるのに、「辛い辛い」というのはいかなるものかと、そういうことです。

時給一万円の人がそこそこに働くのと、時給八百円の人が必死に働いて「頑張って生きています」と言うのを比較するのと似ているかも知れません。
時給八百円の人が努力するポイントは、一生懸命働くことではなく、一生懸命時給を上げる可能性のある道を選ぶことでしょう。
作品でも「何故わざわざそれを選択したのか?」というような問いかけをしているようにも思えました。

作品のあとがきにも、『現在では「どう楽しんで生きるか」ではなく「どうやって生きるか」という基本的な問いが必要だ』とあります。
生き方の選択肢はいくらでもあるのでしょう。
それでも、自分は最も楽しめるように生きるやり方を模索したいと思っています。

そういうことじゃないでしょうかね。
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2009.09.11 PLUTO 考察
僕はすごい楽しんで読めたのですが、
ちまたでは賛否両論のようですね。浦沢さんのPLUTO。

かなり深いところまで描き込んであるように思えるんですが、何故でしょう?
原作をよく汲み取っているし、そこからのアレンジも秀逸に思えます。

もしかすると、浦沢さんのPLUTOが一般的に「憎しみからは何も生まれない」というテーマに絞って読まれてしまっているからじゃないですかね。
そのテーマはこの作品のごく表面的な部分だと思います。

僕の見解では、出てきたロボット全てを通して、「考えるとは何か」とか「それを踏まえた生きるとは何か」というテーマに特化して書かれているように思えます。
たとえばノース2号が音楽を愛したり、イプシロンが戦災孤児を引き取って人の愛を模索したり、ゲジヒトが憎悪の存在に気づいたりと、人間の本能的な部分により近いところをロボットが考えるということに大きなポイントがあると思います。

多くの情報量を持つロボットが本質的な答えをシンプルに導き出すと言いましょうか。
そこで出た答えが「争いはしたくない」という、そこが大事な気がします。

まあ読み手は都合よく解釈するしかないですけどね。
一番好きなアトムとプルートゥが戦った後に星空を眺めてるシーンのセリフを書いておきます。

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「人間は流れ星に願い事をすると叶うって言うんだ。何か願いごとした?」
「…」

「僕は、願いごとしたよ」
「何を願った?」

「おそらく、君と同じだ」
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2009.09.10 軽井沢へ
学校の合宿で長野県は軽井沢に行ってまいりました。
今年は気候がいいのか、それとも遅いのか、
毎年この時期だとかなり涼しい軽井沢でも結構な暑さでした。

天気が良かったからでしょうか?

しかし、山はいいですね。空気もいいし、緑を見てると目が良くなるような気がします。笑
台風にも被らなかったし、文句なしです。
ひとつ心残りと言えば、曇りがちだったので夜星が見れなかったこと。
満天の星が見たかったです。

そう思って、東京の方で探してみました。プラネタリウム。笑
案外あるもんですね。中野にもあるようです。

プラネタリウムなんて小学生以来ですけど、心残りを消化するために今度行ってみようと思います。
昔の人が作った星座とか神話とか、素敵ですよね。
風流という感じがします。日本的にしてしまうと微妙かな・・?

さて、論文再開ですね。
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